第5講「マーガレットとマドラックスの
量子論的な絡み合いを探る」


 第2話、初登場のマーガレットは、いきなり「雨が降るから」と電波なことを口走る。この時点では、ヤバゲなお嬢様でしかないマーガレットだが、エピソードの最後に、なぜか遠く離れたガザッソニカで雨が降り始める。まったく面識のない二人が、特別な力でつながっていることを示すエピソードだ。

 この後も、マドラックスのエージェント活動の節々で連動するような反射的行動を取るマーガレットの姿を何度も見ることができる。たぶん、マーガレットは抑圧された無意識の領域の多い、ニュートラルな精神状態にあるからかもしれない。空きチャンネルに合わせたラジオが、周辺の電波を拾ってしまうようなものだ。ましてや、両者が見えない有線でつながれていればなおさらのこと。

 量子論的には、マーガレットとマドラックスは、物理的に離れていても、一体の存在としてみることができる。量子論の世界では、こうした分裂したふたつの粒子が物理的に遠く離れても連動した動きを見せる不思議な現象がある。これが、いわゆる「絡み合い」である。

 量子論の題材となるミクロの世界の粒子は「スピン」という性質を持っている。スピン、とは言っても実際にはコマの動きとは異なる点も多いのだが、論点を整理して理解しやすくするために、ここではボールがコマのようにくるくると回転する動きを思い浮かべていただきたい。当講座のテキストからの受け売りである。専門の方にはご不満もあろうが、確かにこうすると、非常に理解しやすくなる。

 そもそもこの「絡み合い」は1935年、アインシュタインによって提示されたものだった。生涯をかけて量子論に異議を唱え続けたアインシュタインが、量子論が間違っていることを証明するために提示したものだったが、皮肉なことに、それが量子論のさらに奇妙な側面を明らかにすることとなってしまったのである。

 アインシュタインはまず、スピンしていない1個の粒子を想定する。この粒子が壊れて二つの新しい粒子が生まれるとする。これを粒子A、粒子Bとしよう。これら二つの粒子が、粒子の進行方向に対して右に回転する確率と左に回転する確率が50%ずつだったとしよう。

 これまでにも繰り返している通り、これは量子論の世界の出来事だから、観測するまで事実は確定しない。量子Aが右回りか左回りなのかは50%ずつの重ね合わせということになる。ただし、両方が右回りになったり、両方とも左回りになったりすることはない。粒子Aが右回りに観測されたら、粒子Bは絶対に左回りということになる。

 なぜか。もともとスピンしていない粒子を分裂させてできた動きなので、粒子Aと粒子Bの動きは、お互いに対照的であり打ち消し合うようなものとなる。つまり足してゼロになるような動きをとることになるわけである。壊れてできた粒子のスピンを合計すれば、壊れる前の粒子の状態になる。これを「スピンの量が保存されている」と言う。これは既に実験によって確認されている。

 マーガレットとマドラックスははるかにマクロな存在だから、粒子のように単純な説明はできないが、シンクロするような動きをしているのは納得していただけると思う。特に第13話の末尾近くでフライデーのトラップにかかったマドラックスが、その後しばらくマーガレットと同調するような行動を見せていたあたりが非常に顕著であろう。

 より単純な部分では、はっきりと対照的な反応を示している可能性はある。冗談半分に言ってしまうと、同一の存在から分かれたにもかかわらず、マドラックスの胸が豊かなのにマーガレットはかなり寂しい理由が、それで説明がつくかもしれない。文字通り「マドラックスに持っていかれてしまった」のである(笑)

 さて、いささか話が脱線したが、アインシュタインの主張に話を戻そう。先ほどの粒子Aと粒子Bが光速で正反対の方向に遠ざかってると仮定する。両者の距離が一光年離れたところで粒子Aを観測してみる。仮に右回りだったとしよう。量子論では観測するまで事実が確定しないのだから、観測した瞬間に右回りが確定したことになる。
 「スピンの量は保存されている」わけだから、観測しなくても自動的に粒子Bは左回りであることが確定する。観測したいまこの瞬間にこちらも自動的に確定したわけだ。すると、所要時間ゼロで粒子Aから粒子Bに1光年の距離を超えて情報が伝わったことになる。

 これは「光速を超えて物体や情報が伝わることはない」とした相対性理論の大原則に反してしまう。アインシュタインは、これが量子論が間違っている証拠だと主張した。物事は「隠れた変数」によってあらかじめすべて決まっているはずだというのである。

 結論から先に言ってしまうと、そうではなかった。ダニエル・グリーンバーガーは言う。
「アインシュタインは、もし量子力学が正しいなら世界は狂気じみていると言った。アインシュタインは正しかった。世界は狂気じみていたのだ」

 アイルランドの物理学者ジョン・ベルが1965年にベルの不等式を発表。もしアインシュタインの「隠れた変数」の主張が正しいのであれば、可能な実験結果の和をSとした場合
 -2<S<2
が成り立つとした。これが「ベルの不等式」である。

 1982年、フランスの物理学者アラン・アスペが光を使った実験で「ベルの不等式」が成り立たないことを証明。初めて「絡み合い」が観測された。こうしてアインシュタインの主張は葬られ、「絡み合い」が科学的事実として認定された。

 非常に信じがたいことだが、分裂した粒子は、見た目には離れているように見えるのだが、どんなに物理的な距離が離れていても、一体のものであり続けると考えざるを得ないようである。マドラックスとマーガレットがそうであるように。
           (2005年6月17日)

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