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盟友・梶浦由記

 真下は本当に音にこだわる演出家だ。いわゆる音楽だけでなく、音声トラック全般を、映像画面以上の入念かつ慎重なこだわりをもって制作する。

 そんな演出家だから、たいていの作曲家を自己流でうまく使いこなしてしまうのだが、ツーカーで感じあえる盟友がいれば、そのほうがありがたいに違いない。何しろ真下は押井守のような論理の人ではなく直感の人であり、作曲家は支離滅裂にも思える真下のメモを読み込んで真意を読み解いていかなくてはならない。

 梶浦由記嬢は、それが極めて得意なクリエイターであったらしい。「MADLAX」DVD第5巻のライナーノーツにおけるコメントによると、真下から渡される曲メモは「地獄の門番はひとりぼっち」「絵本と血と深海魚」などという、極めて意味のつかみづらいものであるらしいのだ。ふつうの演出家なら「ビートの効いた曲」「明るく軽やかな感じで」などと注文を出すところなのだろうが、いかにも真下らしいエピソードではある。

 この難解な曲メモを見るとムクムクと創作意欲が刺激されるというのだから、梶浦嬢はよほど真下と波長の合った人なのだろう。真下も梶浦嬢の作曲意図を巧妙に外して、注文とはまったく別の場所に音楽をはめ込んでいく。もちろん梶浦嬢も承知の上であり、二人の丁々発止のやりとりが、作品のクオリティを押し上げていくのである。

 本来は「MADLAX」の主題歌として構想されていたという「nowhere」を「勿体無い」からと戦闘シーンにはめこんだ真下の演出家的勘の鋭さには敬服するほかない。決して作品的には人気が高かったわけではない「MADLAX」がこれほどの話題を集めたのは、「nowhere」が「ヤンマーニ」として熱狂的歓呼と共に受け入れられたからに他ならない。真下と梶浦嬢は共に「してやったり」と思ったに違いない。この難解な物語が広く受け入れられるために、この曲が果たした役割はあまりにも大きい。

 梶浦嬢と真下の出会いは「EAT−MAN」。梶浦嬢のミニマルで個性的なサウンドは、ぶっきらぼうなほど前衛的な作品に独特の艶を与えてくれた。真下も、このとき何がしかの手ごたえを感じたのだろう。

 その結果が、本格的連携を組んだ最初の作品「NOIR」における「salva nos」の爆発だった。この名曲が「NOIR」の代名詞となり、アニメサウンドトラックとしては異例の大ヒットにつながったことは今更繰り返すまでもないだろう。 

 その後、ケルト調のテイストも感じさせる「.hack」やアジアンなリズムも包含した「MADLAX」など、多彩な切り口を提示してみせ、ますます多彩さを見せている。演出家と作曲家が手を取り合って共に階段を駆け上っていく好例と言えるだろう。

 もはや真下演出には不可欠な作曲家。「ツバサクロニクル」でも大方の予想に反して、コンビを組むことを早々に決定した。まさしく盟友である。逆にこれで、「ツバサ」は雇われ仕事ながら純然たる真下ワールドとなることが確定した。初放映の日が楽しみである。
(2005年2月23日)

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